辞任 もうひとつの背景 ---「週刊現代」
12日の夜23時52分に時事通信が「週刊現代の取材に警告 相続税めぐり安倍事務所」という記事を流す。記事の内容は、安倍晋三事務所が講談社発行の週刊誌「週刊現代」から「首相が相続税の支払いを免れた疑いがある」と取材を受けたこと、安倍晋三事務所が「週刊現代に掲載予定の記事はまったく事実に反する。掲載しないよう警告する」とする文書を発表したというものである。時事通信のニュースとほぼ同時に、安倍晋三事務所から「報道機関各位」向けにファックスが流された。内容は、毎日新聞の12日付夕刊(4版)の、「『脱税疑惑』取材進む」という見出しの「週刊現代が首相の政治団体を利用した『脱税疑惑』を追求する取材を進めていた」という記事により、「安倍首相が脱税疑惑により辞任をしたいう印象を与えている、週刊現代の記事は誤りであり、週刊現代の記事を引用、紹介したら法的処置を取る」という意思を示したものだ。
安倍晋三事務所が発した警告は、週刊現代が出した取材依頼書の「故安倍晋太郎氏から安倍晋三首相への政治遺産の継承で浮上した政治資金と税金に関する疑問点についてお尋ねたい」という質問がトリガーになった。直裁に言えば、「故安倍晋太郎氏から安倍晋三氏への相続にあたり、政治団体をつかって税金逃れを行い相続税3億円を脱税したのではないか」という内容である。
記事が載る週刊現代の発売は9月15日だが、編集途中の記事について報道機関に警告書を出すほど、安倍事務所にとっては重要な問題であったということである。
安倍晋太郎が死んだのは1991年。すでに相続税に関する時効7年は過ぎ時効が成立している。しかし、合法とはいえ政治資金の問題で何人もの閣僚を更迭している安倍内閣で、内閣総理大臣本人が責めを負わずにすまされる問題ではない。
しかし、「報道機関各位」向けのファックスにより、毎日新聞に続こうとした報道機関は浮き足立ち、以後の報道を差し控えることになった。「『週刊現代』に関わってみろ。 一生後悔させてやるぞ!」という安倍晋三事務所の脅しは見事に功を奏したのである。
辞任ニュースは瞬時に過去
理由は何であれ、安倍首相が辞任した後の動きは眼を見張るほどの展開を見せる。安倍が辞任した9月12日午後2時の2時間後には、古賀元幹事長が福田元官房長官に支援を表明した。
同じ日、パリにいた森元首相は、津島派の青木幹雄前参院議員会長に電話する。青木氏は「福田さんはどうかね。あんたも早く日本に帰ってきなさい」と森氏に答えた。そしてフィクサーから森元首相に「すでに山崎や古賀、青木幹雄は福田支持でまとまっている。残るはあなたの仕事は派内の調整だけだ」と国際電話がかかる。
パリから東京への所要時間は約12時間。東京着9時20分のエールフランスAF276便に乗るなら現地の出発は午後1時20分。フランスと日本の時差は8時間だから、日本時間で12日の午後9時20分に相当する。
麻生氏は10日から安倍首相の辞任を感じていただろうが、官邸で首相に近い与謝野氏、麻生氏と、渡辺恒雄氏とは流れが異なるので、渡辺氏へのリークはこの筋からではないだろう。民主党から党首会談を断られたあと、自民党国会対策委員会の幹部から中川元幹事長など自民党幹部に連絡が行われ、そのまま渡辺氏の知るところになったというほうが自然である。
いずれにせよ福田氏擁立の大勢は、安倍首相が辞任を決めた正午過ぎから森元首相がパリを発つ12日午後9時20分までに決まったということになる。
9月13日の朝、キングメーカーを自認する森元首相は東京に戻り、青木幹雄氏、山崎拓元幹事長とひそかに会談し福田氏擁立を確認する。森元首相の気がかりは、小泉チルドレンが担ぎだそうとする小泉純一郎元首相の再登板と、町村派領袖の町村信孝外相だった。62才の町村外相と会った森元首相は、「エースを温存する」というくどき文句で町村外相を説得する。これを受け、町村外相は福田氏擁立のため町村派の準備を幹部に指示する。昼まで町村信孝氏の擁立を考えていた町村派内では、夜になって福田氏擁立を知り、中堅議員でさえ「昼間まで町村擁立だったのに、いつの間に入れ替わったんだ」と驚いたほどの展開になった。
ねじれ現象に賞賛なしと見る小泉元首相は早々に出馬辞退を宣言し福田支援を表明する。あわよくばと総裁の座を狙おうとした額賀福志郎財務相も周囲に突き放され、早々と出馬を撤回する。
一方、総裁選レースのスタートで飛び出し先行したと思われた麻生幹事長は、一夜にして状況が急変したことを知る。早すぎた態度表明が裏目になり、麻生幹事長が安倍首相を追い込んだという「麻生クーデター説」まで流布されることになった。クーデター説は「辞意は10日に麻生幹事長に話した」と語った安倍首相自身によって打ち消されたが、麻生悪玉説はしばらく消えず、福田元官房長官の総裁選の勝利は完璧なお膳だてができた。
しかし、麻生クーデター説は、後々それを煽った福田陣営に影響を及ぼすことになる。
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